コミュニティ・オーガナイジング(以下、「CO」)は、多様な学問分野で研究が進んでおり、統一的な定義は存在しません。英語版のWikipediaでは、「近隣に住んでいたり共通の問題を抱えている人々が、共有された自己利益のもとに行動する組織になっていく過程」と紹介されていますが、定着している定義とは言えません。日本語版では「住民組織化」という項目で「地域住民らが協力しあい共通の利益の為に行動するよう組織化を行う事であり、またその技法を指す」と紹介されていますが、これもまた一つの定義に過ぎません。
本サイトはCOに関する様々な知見を収集・発信しています。その中でも本ページでは、COを多角的な観点から見ていくために、主要な人物・COの多様な側面の観点から紹介し、更なる理解のためのコンテンツをご紹介します。
・COの発展に寄与した人物
・ソール・アリンスキー
1909年生1972年没。アメリカのコミュニティ・オーガナイザーでCOの「父祖」と称される。大学では考古学を専攻、犯罪学者として職を得た後に、Congress of Industrial Organizations(CIO)においてオーガナイザーとして働いた。ここで得た知見を基に、後のオーガナイザーの養成機関となるIndusrial Areas Foundation(リンク)を設立。多くのオーガナイザーを輩出している。
アリンスキーによる CO の実践の特徴は、コミュニティを抑圧的な関係性の中に捉えて、社会的に弱い立場に置かれた者(powerless)が個人では望ましい変化を起こせない問題であったとしても、団結し連帯することで数の力によって抑圧する側に対抗するという考え方にある。
更なる理解のために:
石神圭子(2021)「ソール・アリンスキーとデモクラシーの挑戦 -20世紀アメリカにおけるコミュニティ組織化運動の政治史-」北海道大学出版会.
仁科伸子(2019)『ウッドローン・コミュニティにおけるソウル・アリンスキー思想の継承とコミュニティ・オーガニゼーションの役割の変質』「社会関係研究」24(2),65-102.
石神圭子(2015)『「民主化」されるコミュニティー20世紀中葉の社会政策とソール・アリンスキー組織化運動の交錯』「アメリカ史評論」(33), 1-28.
石神圭子(2015)『アメリカにおけるコミュニティの組織化運動--ソール・アリンスキーの思想と実践(4・完)』「北大法学論集」65(6) 538-572.
石神圭子(2014)『アメリカにおけるコミュニティの組織化運動――ソール・アリンスキーの思想と実践(3) 』「北大法学論集」65(4) 49-115.
石神圭子(2014)『アメリカにおけるコミュニティの組織化運動――ソール・アリンスキーの思想と実践(2) 』「北大法学論集 65(3)」43-111.
石神圭子(2014)『アメリカにおけるコミュニティの組織化運動――ソール・アリンスキーの思想と実践(1) 』「北大法学論集」65(1) 133-156.
渡邊かおり(2010)『アリンスキーによる地域組織化活動 : ソーシャルワークにおけるその評価の変遷」「人間社会環境研究」19, p. 39-49.
・COの観点
・COの目的と自己利益(self-interest)
室田(2023)によると、COの目的は多くの場合社会正義(social justice)を達成するという前提に立っており、社会的に不利な立場に立たされているコミュニティがパワーを獲得することによって変化を起こすと考えられている。しかしCO実践は必ずしもリベラルな価値観に基づいているとは限らず、例えば「地域保全」のCO実践の場合保守的な価値観に基づくものもあった。「社会的に不利な立場」というのも、統一的に決められるものではない。
CO実践の中で常に意識されていたことは、むしろ自己利益である。自己利益という言葉は私的な利益や既得権益ではなく、誰かの自己利益から乖離した公益など存在せず、自己利益の共通部分こそが公益であるからこそ、自己利益の追求が重要である。大きなイデオロギーのためではなく、自分たちの生活を護るための取り組みがCO実践である。COで用いられる手法(パブリック・ナラティブや一対一の対話など)は、お互いの自己利益を確認する手法と言うこともできる。
・パワー(パワー・ウィズとパワー・オーバー)
COのカギ概念の一つに「パワー」がある。室田(2023)によると、COで用いられるパワーの意味は大きく分けて2つあり、1つは関係性の中に確認されるパワー、もう1つは前者を獲得するための内なるパワーである。
このパワーを用いる方法によって、大きく二つの手法に分けることができる。パワー・ウィズは、権力への抵抗ではなく、自分たちの力を蓄える「協同(co-operative)」の取り組みの中に生じる力関係である。関係者の資源・力を蓄え、開発し、活用する。もう一つのパワー・オーバーとは、関係者だけでは求める変化を起こす力を保持していないとき、その変化を起こすことができる権力者との力関係である。
この二つは固定したものではなく、まずはパワー・ウィズの実践から始まり、パワー分析の結果自分たちのパワーだけでは変化を起こせないと判断した時に、パワー・オーバーの可能性を探ることになる。
・対抗的と合意形成型
対抗的オーガナイジングは、パワー・オーバーの実践の中でも特にパワーを保持する個人を対象としたCOの実践として捉えることができる。特に怒りの感情や対象となる個人の非難、圧力をかけて譲歩させることがねらいとなる。
一方で合意形成型オーガナイジングは、パワー・オーバーの関係性に基づく実践であったとしても、その対象と自分のコミュニティとの間に存在する共通の目的を探り、合意形成を図る。パワー・オーバーの関係性をパワー・ウィズの関係性へと変容するような実践とも解釈できる。
・パブリック・ナラティブ
オーガナイザーにとって、対話において物語を用いることは常に行われてきたが、それをパブリック・ナラティブとして体系化したのがマーシャル・ガンツである(Gantz 2014)。パブリック・ナラティブには、物語を語る本人がなぜリーダーシップを発揮して行動を起こすのかを語るストーリー・オブ・セルフ、その価値観が他者にとっても重要であることを語るストーリー・オブ・アス、そしてその価値観を社会に反映させるために必要な行動とその緊急性を語るストーリー・オブ・ナウの3つから構成される。
パブリック・ナラティブは、他者の変容を促す具体的な方法として、実践的に用いることができる。
参考:
室田信一(2023)『序章 なぜコミュニティ・オーガナイジングの研究が求められているのか』室田信一・石神圭子・竹端寛編「コミュニティ・オーガナイジングの理論と実践: 領域横断的に読み解く」有斐閣.
室田信一・小山宰(2022)『コミュニティ・オーガナイジングに関する英語文献のレビュー』「人文学報」No.518-3, 社会福祉学38.
マシュー・ボルトン著・藤井敦史ら訳「社会はこうやって変える! コミュニティ・オーガナイジング入門」法律文化社.
Ganz, M(2015) “Organizing Notes”
・さらなる理解のために
・日本におけるCO
室田(2014)によると、アメリカでCOを学び実践してきた室田と、同じくアメリカでオーガナイザーとして活動してきた鎌田華乃子の出会いから、日本で初めてのCOを学ぶワークショップを開催している。鎌田が師事したマーシャル・ガンツを招聘し、3日間に渡って開催されたワークショップには、20人近くが参加した。寄付やクラウドファンディングにより約800万円の資金を調達し、この様子はNHK「クローズアップ現代」に取り上げられるほどの注目を集めた。
特定非営利活動法人コミュニティ・オーガナイジング・ジャパン(以下、「COJ」)は、このワークショップを皮切りに、独自でワークしょょっぷを開催できる体制を整え、これ以降継続的にワークショップを開催し、現在も多くのオーガナイザーを養成している。
現在日本でCOを学ぶことができる場所としては、主に以下の団体が開催しているワークショップが挙げられる。
・立教大学
参考:
室田信一(2014)『コミュニティ・オーガナイジング・ジャパンの発足とその実践』「同志社社会福祉学」,28.
・ソーシャルワーク
ソーシャルワーカーは、オーガナイザー同様に社会変革を目指す専門職としてソーシャルワーカーがいる。COはソーシャルワークにおけるソーシャル・アクションとして位置付けられてきた。ソーシャルワーカーが、専門職として、自分自身が当事者ではない問題に対して、抑圧された人々へのエンパワメントに取り組む場合もある。
しかし、COの父祖であるアリンスキーは、ソーシャルワークに対する強い嫌悪感を示している。これは、ソーシャルワークが「ミドルクラス的な価値観をコミュニティに押し付ける」ものという考えが反映されたものだと考えられる。ソーシャルワーカーがCOを実践する際には、この懸念を乗り越えることができるかどうかが問われている。
しかし、渡辺(2023)が「『当事者のみでは組織化したり、意見表面したりすることが困難なコミュニティ」の問題が放置される可能性」に言及し、当事者以外の専門職がオーガナイザーとして関わることの意味を指摘している。コミュニティ・オーガナイザーそのものは専門職と呼べる状況にはないが、上述のようにさまざまな団体がオーガナイザー向けのトレーニングを提供している。ソーシャルワーカーが人の生きづらさに触れたとき、COの知識・技術を身につける必要性に気づく。ソーシャルワークとCOの関連はまだ確立されていないが、今後も引き続き議論が必要である。
参考:
渡辺裕一(2023)『第7章 コミュニティ・オーガナイザーとは誰か』室田信一・石神圭子・竹端寛編「コミュニティ・オーガナイジングの理論と実践: 領域横断的に読み解く」有斐閣.
文責:山角直史